こんばんは、インフルエンザのワクチンを打ったら、打ったところが猛烈に腫れて痛いトオメです。肘すらつけないわ!
すごい拒絶反応…。
さて、本日は龍の宮物語の玉姫のお話。(私の妄想ともいう)
たださよならが言いたかった
1,000年前、自分が「池の龍神に捧げる贄となれ」と言い渡された時は、その時はさすがに抵抗したと思うのだけれど、最終的に疲弊した村や村人…その中には清彦のご先祖も含まれている…を思って、身を捧げる決心をしたのではないかな。
なので、たとえ清彦の先祖が自分を救おうとやってきても、玉姫は「私のことは忘れて」と追い返したのではないかと思うのです。
龍神のもとに行っても「常に笑みを浮かべていた。泣き言も言わなかった」と龍宮の女官は言っていたので、それは玉姫の覚悟の現れでもあり、龍神へのご機嫌とり(村へ恵みをもたらして欲しい)でもあったのではないかな。
けれども清彦の先祖は救いにはこなかった。
だから別れの言葉もいえなかった。
玉姫が池に沈められて数日後、池の前までその男はやってきたけれど、玉姫の姿を見て逃げ去ってしまい、そこでも別れの言葉は言えなかった。
会いたくば開けるな
清彦を地上に戻す時に、「私に会いたいと思うなら開けるな」といって玉匣を渡した玉姫。
この意味が分からなくてずっと考えていたのですが、
「会いたくば開けるな」とは、この「玉匣を見て私を思って」ということだったのかな…。
そして、清彦が「もう会わなくてもいい」と思った時にこそ開けて欲しいと思って渡したのかな…。
玉姫が清彦を庇って命を落としたあと、地上に戻された清彦が「もう会うこともない…」と涙を振り絞りながら玉匣をあけるのですが、けれどもその玉匣はカラだった。
カラだと知ってうずくまる清彦はなにを思ったのだろう。
でも、実はカラではなく、開けた玉匣からは玉姫の声が聞こえてくるのだった。
「いとしい人、私のことは忘れてください」
ここでやっと玉姫は別れを伝えられたのだと思いました。
ずっと伝えられなかった清彦の先祖にも、清彦にも。
忘れてください…とは、私のことは忘れて、しあわせに生きてくださいということなんだと思う。
もしかしたら、玉姫が生きていたら、彼女の別れの言葉と共に忘却の術でもかかったのかもしれない。
だから清彦が龍の宮に殺されに来た時、「どうして玉匣を開けなかった(私のことを忘れなかった)の!」となったんじゃないかなあ…
…と、振り返れば振り返るほどに良い作品だったなあ…。
これがDVDにならないのがとっても残念。
でも、これはせおっちにとっても、くらっちにとっても代表作になるだろうなあ…。
次は清彦の話をしたいな。
清彦は「すいません」を多発する、気弱げなくせに妙に度胸のある男でありました。